第44回:店舗における顧客体験価値のあり方とは

店舗も今や商品を陳列して販売する場から、いかにお客様の体験価値を高められるかに変化してきました。そこで今回は、2023年9月25日、60回目となる次世代小売り流通研究団体Next Retail Labフォーラムの内容を中心にお伝えします。

今回は「店舗における顧客体験価値のあり方とは」をテーマに3人のゲスト講師が登壇し、顧客体験価値向上を目指す海外の企業戦略や、それぞれの登壇者が自社で取り組んでいる店舗づくりの取り組みなどを紹介して頂きました。

 

世界の店舗で自らが顧客となる「CXツアー」、体験を通じて見えてきた、海外企業の店舗戦略とは

最初に講演したのは、オイシックス・ラ・大地株式会社専門役員COCO、株式会社顧客時間共同代表CEOの奥谷孝司氏。チャネル変革を強みとするマーケティングデザイン会社の顧客時間では、支援企業と一緒に海外の店舗に行き顧客体験をする「CXツアー」を実施しています。講演では、今年8月に行われたニューヨーク視察の内容を中心に、顧客体験向上に成功している海外企業の実例などについて報告されました。

CXツアーは顧客としての体験を通し、背景にある戦略を解釈することを目的にしており、今回は百貨店のドミナント戦略(一定地域に集中して出店・投資を行い、そのエリアで優位な地位を占める戦略)や顧客体験を重視した店舗展開、サステナビリティなど社会課題を意識した経営戦略などについて、奥谷氏がドミナント戦略の成功例として紹介したのが、アメリカの大手百貨店、Nordstromです。Nordstromは旗艦店をマンハッタンに置き、その周辺の人口密度が高いエリアにBOPIS(ボピス:「Buy Online Pick-up In Store」の略。オンライン上で購入した商品を実店舗で受け取れる仕組み)、コスメのケースを捨てることができるリサイクルスポット、アウトレット店舗などを集中的に展開しています。

Nordstromでは、「ローカルフォーカスの拡大」を掲げ、エリアでの年間購買金額を重視。地域に根差すさまざまな取り組みを行っています。ノードストローム家の第4世代にあたるピート・ノードストローム氏は「どんなにマーケティングをしたとしても、顧客からの善意や口コミ、ロイヤリティを生み出すことはできない」と考えていると言います。また、デジタルの売上が総売上高の34%を占めているNordsoromでは、「デジタル対応速度の向上」も遂行しています。特徴的なのはデジタル投資の位置づけです。デジタル投資はあくまで顧客体験を上げるためのものと位置づけ、オンラインの売り上げを上げるためではないとい言います。例えば展開している二つのアプリでは、インストアモードの他、パーソナルスタイリングの予約や商品検索、ロイヤリティクラブとの連携など、さまざまな機能を兼ね備えており、店舗でもオンラインでも顧客がシームレスに行動できるようになっています。

 

顧客を第一に考えた接客を促す仕組みを導入、あらゆる場所で顧客体験を向上させ、LTVの最大化を

次に登壇したのは、オルビス株式会社CRM・メディア戦略部店舗統括担当部長の石田龍太郎氏。スキンケア化粧品の販売などを行うオルビスは、1987年に創業、通信販売を中心に売上を伸ばしてきたものの、他ブランドの台頭などにより2005年ごろに踊り場となり、リブランディングをしている最中だと言います。講演では、リブランディング後の提供価値、店舗に対する考え方、顧客体験を向上させるための店舗での取り組み内容などが紹介されました。オルビスは現在93の直営店を持ち、顧客に「またオルビスに行きたい」と思ってもらえる店舗づくりを店舗事業の方針として掲げています。満足度の高い買い物体験がブランドに対するエンゲージメントを高め、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の最大化につながるという考えです。買い物体験の満足度を上げるという方針に基づき、例えば無理な購入をすすめることを防ぐため、店舗ごとの目標はあるものの、美容部員個人に対するノルマはありません。また、通販と店舗の買い回りを促すため、「通販貢献売上」という制度を策定。店舗で抱えている顧客が通販で購入した金額の一定割合を店舗の売上に加算しています。こうした仕組みを導入することで、例えば通販限定のキャンペーン等の対象となっている商品を店舗で購入しようとしている顧客がいた際に、美容部員が通販での購入を案内するという接客も実現しています。美容部員が個人や店舗の売上にこだわることなく、顧客にとって最適な購入方法を自然と促せるようになり、結果として企業全体の売上や顧客のLTV向上につながっていると言います。もう一つ、顧客体験の向上のため取り組んでいるのがオンラインカウンセリングの強化。オンラインカウンセリングは、コロナ禍でほぼすべての商業施設が休業を余儀なくされた時期に、美容部員に相談した上で商品を購入したいという顧客の声を受けてスタートしました。現在はカタログに掲載されている新商品の色味やテクスチャーを知りたいという通販の顧客に多く利用されていて、オンラインカウンセリングを利用した顧客のLTVは非利用者に比べて14%高いという数字も出ていると言います。

 

変化する化粧品業界と顧客にとっての店舗の価値、新しい時代に求められる「宝探し」のできる店舗作りとは

三人目の登壇者として講演したのは、化粧品の総合情報サイト@cosmeを運営する株式会社アイスタイルリテール取締役店舗カンパニー長の北尾悠樹氏。北尾氏は日用消費材、化粧品のメーカー、EC業界を経て、2022年から現在のアイスタイルリテールで初めての実店舗事業の運営に携わっています。EC業界のときは、数多くの商品がある中で欲しい商品をいち早く見つけ、配送条件や価格など購買判断に必要な情報を的確に届けるという観点から、顧客が1秒でも早く買い物を終えることが顧客満足が高い状態だと考えていたと言います。一方で実店舗を担当する現在では、まるで宝探しをするように楽しくリアルな店舗を回ってもらえるよう、1秒でも長く店舗に滞在してもらうことを目指しています。北尾氏は「業界やチャネルによって顧客満足度の指標は違う」と感じており、講演では化粧品業界の特徴やコロナ禍等による業界の変化について振り返った上で、@cosmeのリアル店舗の戦略、ユーザーとブランドをつなぐさまざまな取り組みについて紹介しました。北尾氏によると、化粧品業界は他の業界と比較して、「買う前に実際に試したいという顧客が多い」「販売チャネルごとにメーカーがブランドを持っている」という特徴がもともとあり、これがEC化率が低い背景となっていたと言います。こうした業界独自の特徴が、コロナ禍により、急速に変化していく。リアルな店舗にいけなくなった他、衛生面への配慮から、肌への接触やテスター使用も難しくなり、各メーカーがECにも力を入れるようになりました。。またSNSの発達などに伴い顧客の情報接点が多様化したことから、マーケティング戦略もデジタル化にシフト。インフルエンサーの活用やネットをフックにしたサンプル送付など、オンライン上のアクションが盛んとなりました。しかし、デジタル情報の渋滞化、ブランドの魅力や世界観の浸透不足など、オンライン戦略の課題も明らかになってきていると言います。このような状況の中、これからの店舗づくりには、どのような要素が必要になるのか。前提として、@cosmeとしてはまず、店舗の目的が変化していると考えています。