第29回:偏愛主義が次なる世界を切り開く

近年、消費者心理・行動において、「ファンマーケティング」や「推し活」と言われるような単に好きと言う以上に、強い愛情を持って商品やサービスに接する「偏愛」が見受けられるようになりました。大量生産、大量消費の時代に終わりを告げ、マーケティングもマスの時代からミクロの時代への到来です。また、SDGsの広がりによって、我々消費者も快適に過ごすためには皆が持っているから購入することから、自分に必要なものを購入するという購買行動にも変化が表れてきました。そこで、今回はこの「偏愛主義」をテーマに焦点を当て、第48回Next Retail Labフォーラムに登壇して頂いた株式会社リテージ代表取締役社長の齋藤 健一氏の講演とディスカッションの内容を元に考えていきます。

未来の小売を創造する「偏愛ビジネス」とは

 

偏愛ビジネスとは、「参加・共感」でモノを売るビジネスのことです。つまり、商品やサービスに対して、愛が深いコアなファンやオタクな人が商品を紹介することで、同じ価値観をもつファン層がコミュニティに参加し、共感を覚えることで、モノを売るつもりがなくても買ってくれるビジネスの形です。ヘリテージ社における偏愛の定義は、「1つのモノを好きでひたすら買い続けること」としています。好きがゆえに、対象商品の購入回数やアクション回数が、生涯購入回数や平均アクション回数を超えるような人たちを指します。実際にスタッフには、革ジャンや万年筆を40以上もっている人たちがいると言います。このような偏愛をもっている人たちを「偏愛者」「○○沼」などと表現しています。偏愛者であるスタッフが偏愛品(偏愛者が愛してやまない商品やサービス)の魅力を、イベントや出版、ライブコマースなど様々な媒体で発信することで、ニッチなニーズに応えたビジネスを成り立たせているのです。

 

偏愛ビジネスが小売にとって重要な理由

 

偏愛ビジネスが小売にとって重要な理由、それは「One to One」の接客に対応できるからです。消費者の好みや欲求は多様化するなかで、ひとりひとりの状況などにあった対応が顧客満足度を高める要因となっています。商品を紹介する人がその商品の偏愛者であれば、お客様のレベルに合わせた最適な商品を紹介することができます。ディスカッションでも、偏愛というと偏ったイメージを持たれることもありますが、実際はお客様によっておすすめや説明の仕方を変えていることがカギとなることが語られ、例えばカメラであれば、小さいお子さんを撮りたいという初心者のお客様には持ちやすさや操作の易しさをポイントに説明し、マニアのお客様にはレンズの収差など専門的な説明を交える、といった柔軟な対応によって、ファンを増やし、育て、LTV(ライフタイムバリュー)を高めることができるとされました。このように、偏愛を小売ビジネスに取り入れることで、小売業界での優位性や差別化のポイントになると議論されました。

 

未来の小売に必要な5つのキーワード

 

ここでは、偏愛ビジネスにおいて大事にしている点や議論から出てきた次世代の小売業に通ずる5つのキーワードを解説します。1つ目は、「商品に対する売り手の愛」が深いかどうかです。商品に対する売り手の愛が深いと、モノを売らなくても売れるという不思議な現象が起こると言います。ヘリテージが行うライブコマースでは、売り手である偏愛者が商品のうんちくや雑談、自慢話などを語る。偏愛者が商品に対する愛を語れば語るほど、同じような価値観をもった視聴者にも愛が伝わり、偏愛者に対する共感や信頼が生まれると言います。売り手が偏愛者だからこそ、買い手に起こる共感や信頼が消費者の購買欲求を高め、購買行動を促していると言えます。2つ目は、消費者にとって居心地のいい買い物空間を提供できているかどうかです。その場で商品を買ってくれる人も重要ですが、それ以上にその場で商品を買わなかった人を重要視します。消費者が今日は買わないと判断しても、もう一度ここに来たい!と思わせるための楽しい空間を提供することに力を入れます。このようにして偏愛者のファンを作ることはLTV(ライフタイムバリュー)を向上させるためにも有効です。3つ目は、カテゴリでのブランドを確立することと同時に、ファンが気軽に参加できるコミュニティを形成することです。企業ブランドと商品ブランドの間にある、カテゴリブランドでファンをつくる仕掛けができているかどうかが重要となります。小売業にとってカテゴリでブランドを確立させることは非常に難しく、企業ブランドからカテゴリブランドへ移行するか、商品ブランドからカテゴリブランドへ移行するかで実際の小売業界は悩んでいます。そのなかでヘ偏愛者ビジネスでは、「ヒト」をコンテンツとして確立させることで、カテゴリブランドの確立に成功しています。カテゴリでブランドを確立することで、偏愛品の横展開も可能です。例えば、「革」というカテゴリが好きな革ジャン偏愛者に革のペンケースを紹介すると欲しくなり、購買行動を起こす。このように偏愛者であってもカテゴリにおける横展開まで考えていないことが多く、ユーザーの購入視野を広げるといったことも可能になります。また、カテゴリブランドでファンをつくるためには、ファンの心理を理解するためにも気軽に参加できるコミュニティの場を提供することが重要です。ライブコマースは、作り手・編集者・受け取り手の三者が接点をもつことが可能になり、作り手の気持ちなどが共有できる新しい手段となりうることも示唆されました。4つ目は、商品は感情価値・生涯価値を付加しているかどうかです。ヘリテージではピックアップとバリューアップを大事にしています。つまり、商品の機能価値ではなく、感情価値で売ります。また、短期価値ではなく、生涯価値で売ることを念頭に置いています。専門性の高い古品(永く残るもの)がヘリテージの取り扱う商品の強みですが、そこには永く使えるものこそいい商品であるという考えが背景にあります。だからこそ、商品を売る際も、5年後、10年後までの使用を見通して提案しています。5つ目は、実際の制作過程など、中の人の様子を発信していることです。偏愛者の独自の世界観は制作過程にも存在しています。腱鞘炎になりながら、いただいた手紙すべてにお礼を送る人や、2週間かけて会員証について考え、作成していることも。偏愛者のこだわり抜く様子がコンテンツとして発信されることでファンが生まれています。実際に、ヘリテージでは指名制でコンテンツ作成の依頼が来ることが多いと言います。美容室でお気に入りの美容師を指名するように、人そのものがコンテンツとしての役割を担っています。

フィルゲート株式会社 代表取締役 菊原政信